ALE & BOOKS & CIDER 2025|くにぶる醸造長 小針明日克
のみもの と よみもの?
醸造家が読書にあうお酒をつくり、秋の夜長を共ににしてもらう。
そんなテーマのもと、奈良醸造の呼びかけで2021年から始まったALE & BOOKS & CIDER。
4年目の今年は7つのブルワリーとサイダリーから商品がリリース。
読書をしながらお酒を嗜む、素敵な秋をお楽しみください。
KUNITACHI BREWERY からの1冊目は、醸造長 小針明日克からの選書、『陰翳礼讃』です!
詳しくはこちらのURLから!
ALE & BOOKS & CIDER 2025
https://narabrewing.com/ale-books-cider
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『陰翳礼讃』
著者:谷崎潤一郎 出版:中公文庫
読書の魅力のひとつは、著者の思考や美意識を、自分の内側に静かに迎え入れられるところにあります。
本書はまさに、その醍醐味を存分に味わわせてくれる一冊です。
日本の美意識はどこから生まれたのか。
西洋式の明るい空間に慣れきった私たちは、その問いを抱くことすら忘れているのかもしれません。
谷崎は、日々目にしている道具や光景を丁寧にすくい上げ、当たり前と思っていた価値観の裏側をそっと照らし出します。
たとえば、電灯やフォーク、万年筆といった“西洋発祥”のものが、もし日本で生まれていたらどう形づくられていたのか。そんな想像を通して、光と影をめぐる日本人の感性の源を探っていきます。
障子越しに落ちる柔らかな光を心地よく感じる理由。薄暗がりの中でこそ漆器が深い艶を帯びること。
これらは偶然の好みではなく、影を受け入れる文化が長い時間をかけて育んだ感覚だと語られます。
読み進めるほどに、明るいことが当然であり、むしろ普通であるという感覚そのものが、ひとつの価値観に寄りかかった見方だったと気づかされます。光を少し抑えることで、初めて立ち上がる質感や奥行き、影がつくり出す静けさ。その微妙な揺らぎに目を向けるだけで、日常の風景がまるで別の表情を見せ始めるのです。
ページを閉じたあと、部屋の片隅の影がいつもより深く見えたり、器の内側に沈む光に目がとまったりする。
そんな小さな変化をそっともたらしてくれるのが、この随筆の魅力です。
『陰翳礼讃』は過去の美を懐かしむための本ではありません。
むしろ、今を生きる私たちが失いかけている“ものの見方”を取り戻すための一冊です。
光と影のあわいにひそむ豊かさに触れたとき、日常の風景は少しだけ静かに、そして確かに色を変えていきます。
小針明日克
KUNITACHI BREWERY 醸造長。
好きな作家は北方謙三。無類の長編の中国史好き。